Aさんは短い距離ならば2本の杖(ロフストランドクラッチ)を使って歩けます。「これが私の足なんです」と明るく話してくれるものの端から見ているとなんだか危なっかしい。杖というと松葉杖を思い浮かべますが、Aさんが使っているのはロフストランドクラッチと呼ばれている1本の棒に腕の支えと握る取っ手が付いたものを更に腕の太さに合わせて改造が施してあります。
この改造で腕の細いAさんでもこの杖が使いやすくなったそうですが、転んだ時にとっさに腕を抜いて手をつく事が出来ずに怪我する事があるそうです。後日、本当に私の脇で転ぶというアクシデントがありました。
松葉杖とクラッチの違いは自分の足でバランスを取れるか取れないかで使い分けるそうです。骨折などで片足が使えないときには松葉杖を、下半身麻痺で両足でもバランスを取る事が難しい人にはクラッチを使うことが多いそうです。
私が乗っている車はチョット背の高い車です。乗用車と違って乗り込むのによじ登らなければなりません。Aさんも車に乗り込むために苦労しています。脇に立って見ている私としては何か手助けをしたいと思うのですが、気恥ずかしくて言葉も出ないまま見ています。
本当は抱きかかえて持ち上げてあげれば良いのでしょうが、“手を貸しましょうか?”の一言が出てきません。
Aさんは座席にもたれるように立ち、クラッチを1本ずつ車の中に入れます。それからおもむろに車内の頭の上にある取っ手に捕まり懸垂の要領で座席に座り込みました。
ともかく助手席に座って頂いて私も運転席へ。すると隣でAさんがな にやらバタバタと左手を動かしている。左手の先には大きく開けはなさ れた扉が。そう、座った状態で手が届かない。普通なら乗り込むついで に扉を引き寄せるか、すこし体の向きを変えて取っ手に手をかけるので すが、Aさんには車の座席に腰掛けて足を持ち上げるのが一仕事なので、重い扉を閉めるのも大騒ぎ。かくして私はいままでやったことが無いのに、いつも助手席の扉を閉めてあげることに。「お優しいことに」という友達の声に「欧米ではあたりまえだからな」の反論に一同爆笑。
Aさんからすると乗り込みやすい車と乗り降りに苦労する車があるそうです。
一番苦労するのは座席が低く腰が沈み込む軽自動車のセダンタイプと普通車でもスポーツカータイプ。特にスポーツカーのバケットシートの乗り降りは苦労するようです。そして私が使っている背の高い車。
今回は1回で座れましたが、懸垂に失敗して何度か挑戦する事もあるし、途中で笑い出してしまって力が入らなくなって10分ぐらい乗り込めないことも。そんなときにも抱きかかえたい衝動に駆られるのですが、本人から“お願い”と言われるわけでもないし、私はじっと待っているしかないのです。