再びAさん自身の障害の話

1998年6月10日
私は再びAさんの自身の障害について話し合う機会を得ました。前回は言葉を選びながら話しを聞いていた自分がもどかしかったのですが、今回はどうしても知りたい事がありました。


一番最初にAさんと出会った時の印象を思い返せば、車椅子に座っている彼女は”今にも立って歩き出しそうでした。”なのに何故車椅子を使っているのだろうか”というものでした。
今でも、車で移動中や椅子に座っている時、もっと具体的にはコンサートにいったり、レストランで食事をしたり、公園で話しをしていたり、家で皆で何かをしている時など、Aさんが足に障害を持っていることなど私は忘れてしまうほどです。
他人が見ても素敵な女性がそこに座っているとしか見えないでしょう

しかし、現実に私はAさんと走ったり、スポーツを一緒にする事はできません。立ち上がりクラッチを使って歩き出すとあきらかに足が不自由であることが判るのです。


足が動かない事とはどんな感じなのか?

実はとても難しい質問なのは判っていました。今までも何度か話題になっていたのですが、お互いに言葉でいい表す事が出来ないでいたのです。
今回も5時間もの時間を費やしましたが、本当の所は理解できていないのかも知れません。

例えば相手が怪我をして痛がっている事は判っても、何処がどの程度痛いのか?判らないし、ましてその痛みを変わりに体験できないのと同じことです。
逆にAさんにしてみれば生まれた時から足が不自由で、不自由でない自分の足を体験したことが無いのですから、お互いに違う国の言葉で話しているように平行線なのです。

しかし、私は理解してみたいと思いました。


Aさんの病気は脳性麻痺というもので、その中でも痙直型とアテトーゼ型のうち痙垂型と呼ばれる病名で、Aさんは出産時に脳へ受けた傷がもとで、特に足への障害がそのまま残っています。専門的にはCPとも呼ばれるそうですが、ほとんど場合悪くもならなければ良くもならないそうです。

Aさんは

私が見て判るのは、クラッチ使って歩いている時に足をひきずるように運んでいます。運んでいるという表現を詳しく見ると、私が歩く時には腿を持ち上げ、膝を曲げ、かかとを前へ出します。しかしAさんは腿を持ち上げ、あとはクラッチに架けた重心の移動と共に爪先をひきずるように進みます。
何故膝を曲げ、かかとが前へ出ないのでしょうか?理解の助けになるかと思いAさんのクラッチを借りて歩き方を真似しても、はやり真似でしかありませんでした。

またAさんが車に乗る時の行動にも特徴があります。私達が背の高い車に乗る時には足で階段を昇るように乗り込みますが、Aさんは懸垂の要領で乗り込みます。その後、体の向きを前に変え、膝を自分の手で抱えるようにして足の向きを整えます。
何故?足の力だけで向きを変えられないのでしょうか?

これだけではどうしても理解が深まりません。
次にリハビリの様子を聞いてみました。Aさんのリハビリは

私達が骨折などの後、リハビリを行なうと、痛さを堪え顔をしかめながら耐えると聞いています。Aさんも足の手術の後はいたみをこらえてリハビリを行なっていたそうですが、最近は歩行訓練の成果のため、筋肉が多少慣れてきたのか大きな痛みは無いそうです。
では歩行訓練というリハビリはどんなものなのでしょうか?私はAさん家の中でクラッチを使わないで歩いている姿を何度か見ています。
おせいじにも、さっそうと歩いている姿にはほど遠いのですが、本当に短い距離であれば歩いています。
日頃家の中で歩くのとリハビリで歩くのでは何が違うのでしょうか?

リハビリでは

なのだそうです。

さらに、興味ある話しを聞くことが出来ました。「動かない」といっても全く動かない人もいれば、動作が遅い人もいるそうです。
ようは、自分の意志または反射ではどうにもならないのだそうです。そこでリハビリでは形からイメージトレーニングで正しい歩き方を体で覚えるのだそうです。


ここまで話しを聞いて判ったような、判って無いような、頭の中は混乱するばかりです。やはり理解するというとは無理なのでしょうか?
この文章を書きながら、椅子から立ち上がり歩いてみました。自分の足を見ながら歩くなんて初めてです。うまく前に進むものですね。不思議です。

後日、実際にリハビリをしている所を見せて貰いました

 
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